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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1303号 判決 1960年8月24日

原告 浅田文六

右訴訟代理人弁護士 高島謙一

右訴訟代理人弁護士 安達十郎

被告 伊藤松之助

右訴訟代理人弁護士 村上秀三郎

主文

被告は原告に対し、金十九万千四百七十五円およびこれに対する昭和三十一年十二月二十九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その一は被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

この判決は、原告において金五万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

東京都品川区西大崎二丁目二百十六番の二宅地四十五坪九合および同地上にある家屋番号同町三百十八番の二木造瓦葺二階建住家一棟建坪二十七坪五合、二階同坪(以下本件土地家屋と略称する)が原告所有であることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第四号証≪中略≫を綜合すると、本件家屋は十室よりなるアパート式家屋で原告が昭和二十六年六月頃競落によりその所有権を取得した当時その中にはすべて入居者が居り、原告は、その後その立退明渡を求めて種々努力した結果昭和二十七年十二月初旬までに本件家屋のうち二階三室を残して他の七室の明渡を受けたこと、しかし原告は本件家屋に関連して多額の費用を要したため金策に苦慮して昭和二十七年十二月中旬頃被告から弁済期を翌二十八年三月末日として金五十万円を借用し、なおその際その支払方法につき、原被告間で、原告において本件家屋を他に売却して期間内に早急に返済するよう努力し、もし弁済期までに売却できないときは被告において修繕して、これを原被告が売却に努力し、その売却代金から修繕費、借受金五十万円の元本、弁済期までの損害金を控除した残剰余金を利益金として、原被告間で平等に分配する旨の約定をしていたこと、そこで原告としても早急に本件家屋を入居者の立退を了して売却する必要に迫られ、その売却に奔走する一方、立退未了の二階三室につき立退させることに努力した結果昭和二十八年二月初旬原告と右立退未了者との間に和解が成立して同月末日退り明渡を受けることになつたこと、ところが昭和二十七年十二月下旬頃被告は右のような事情で、もちろん、本件土地家屋が原告所有であることを知つており、また、本件家屋につき前記のような約定があつただけで、被告がこれを買受けた事実もないのに、当時情交関係のあつた訴外北嶋すに対し、本件家屋を買受けたと称して同人に本件家屋の贈与を約し、これに入居して間貸しをすることを勧めたこと、そこで、被告のその言を信じた同訴外人は、その頃右の事情を知らない原告の妻より本件家屋に使用する鍵数個全部を受取つたのち本件家屋に入居し、当時立退未了の二階三室を除く他の七室を自己の所有として管理占有をはじめ、その後昭和二十八年二月末日頃右二階三室の立退未了者が退去したのちは、右二階三室を含めて本件家屋全部を管理占有し、なお、その頃から自己居住の一室を除くその余の九室を他八名の者に間貸しをして、それぞれ同人らに使用占有させるに至つたこと、これを知つた原告は、右北嶋らに対し明渡を求め、さらに、右北嶋外八名を相手方として仮処分命令を得たうえ本件家屋明渡請求の訴訟を提起したが、本件家屋は、依然として同人らにより占拠されて明渡を受けることができないまま、右訴訟につき勝訴判決を得た後昭和三十二年十月に至つてはじめて本件家屋全部の明渡を受けたこと、(もつとも、成立に争のない甲第七号証の四および証人北嶋すの証言によれば、原告が右のように明渡を受ける以前本件家屋の間借人の一部および北嶋すは、すでに本件家屋から退去していたことが認められるけれども、他面原告本人尋問の結果によると、本件家屋に使用する鍵全部は北嶋が退去した後も引き続き同人の手中に存したことがうかがわれるから、この事実に本件弁論の全趣旨を合わせ考えると本件家屋全体は、原告が右明渡を受けるまでは、なお、北嶋すの占有下にあつたものと認めるのが相当である)、以上の事実が認められる。被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を左右するほどの証拠はない。

そして、被告において右北嶋らをして本件家屋を使用占有させることにつき、なんらかの権限があつたという格別の主張も立証もない。もつとも、成立に争のない甲第一、第二号証≪中略≫を綜合すると、被告は、右北嶋が本件家屋に入居する前同人を自己の親戚と称し本件家屋の留守番掃除婦として一時入居させることにつき、原告の承諾を得た事実が認められる(原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できない)がそれだけでは、北嶋が本件家屋を自己のため占有することを承諾したものとはいえないし、他にこのような意味の承諾があつたことを認めることのできる証拠はない。

そうだとすると、被告は、故意に右北嶋らをして昭和二十八年二月末までは本件家屋中前記二階三室を除くその余の七室を、その後少くも同年三月当初からは本件家屋全部をそれぞれ使用占有させるとともに、その使用占有の範囲で本件土地をも使用占有させ、そのため、原告は少くとも昭和二十八年一月一日から昭和三十年十一月末日までの間昭和二十八年二月末日までは本件土地家屋のうち前記北嶋の占有部分につきその後少くとも同年三月当初から本件土地家屋全部につき、その使用収益を妨害されたというべきであるから、被告は原告に対し、よつて生じた損害を賠償する義務がある。

そこで、次に損害額について判断する。≪以下中略≫

なお、原告は被告の本件不法行為により多大の精神的苦痛を受けたと主張し、その精神的損害の賠償を求めているので、この点につき判断する。一般に財産権侵害を原因とする損害賠償においては、たとえ、その財産権侵害によつて精神上の苦痛を受けたとしても、その苦痛は、その財産的損害が回復されば、これによつて共にその苦痛が慰藉されるものと解するのが相当であつてその損害が回復されても、なお慰藉され得ない精神上の苦痛を受けたと認めるべき特別の事情がある場合で侵害者において、その特別事情による苦痛を予見しまたは予見できたであろう場合にかぎり、その精神的損害の賠償を請求しうるものと解するのが相当である。本件についてこれを見ると、本件不法行為は、被告により故意になされたと認められる点において、原告の受けた精神的苦痛の程度が高いものということができるが、この点を考慮に入れても、原告主張のような理由によつては右特別事情に該当するものとは認められない。すなわち、本件家屋を売却し、あるいは使用収益するため当時の入居者をして立退させることに払つた原告の努力が水泡に帰し苦痛を受けたとの点については、その主張のような努力は、原告が本件家屋につき使用収益等の権限を円満に行使するためには当然必要とされるものであつて、その努力が水泡に帰したということによる苦痛は結局本件家屋の使用収益を妨害されたことによる苦痛の一態様であるから、本件損害賠償によつて慰藉され得ないものとは考えられないし、また、本件土地家屋の返還を求める過程において種々繁雑な折衝手続をすることを余儀なくされたため苦痛を受けたとの点についても、結局それは本件家屋の占有を奪われたことによる苦痛の一態様であるというべきであるから、その占有を回復している現在なお、これによつて慰藉されないほどのものとは認められない。また、もしこれら原告主張の事実関係のもとで特別の財産的損害を受けたとすれば、その賠償を求めることにより、これにともなう精神的苦痛も慰藉されるものというべきである。

以上の理由により、原告の請求は被告に対し、前記認定の賃料相当の損害金合計十九万千四百七十五円および、これに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三十一年十二月二十九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては、正当であるから認容すべきであるが、その余は失当であるから棄却すべきである。

そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中宗雄 裁判官 中田秀慧 篠原幾馬)

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